石川県金沢市に鎮座する延喜式内の古社。厄除け、交通安全、初宮、七五三、結婚式、各種ご祈祷を行っております。金沢市で有名な神事能が約400年にわたり続けられており、石川県内・金沢市内より多くの参拝があります。

神事能

神事能

神事能
大野湊神社の神事能は「寺中の神事能」という名称で、昭和60年に金沢市無形民俗文化財に指定されました。
歴代加賀藩主による崇敬はもとより、広く地域住民に親しまれています。
この神事能の伝統を維持継承するため大野湊神社神事能奉賛会が結成されています。

平成28年第407回大野湊神社神事能の番組はこちらでご紹介しております。

神事能の始まり

毎年5月15日正午より大野湊神社境内の能舞台で演能されているのが、金沢市指定文化財に指定されている「寺中の神事能」です。
金沢市は加賀藩城下町として栄え、藩政期ごろより宝生流の能が盛んとなり、現在に伝えられています。
市内には能楽堂や能楽美術館などが建設されています。
大野湊神社の神事能の歴史は古く、天正11年(1583)金沢に入部した前田利家公が、戦乱(一向一揆の乱など)で荒廃した当社の様子を嘆き、同14年(1586)大野湊神社再興のため田地2町を寄進し宮腰村(現在の金石町)など15ケ村を氏子と定めました。これにより荒廃していた舞楽も神事能として復活しました。しかしこの期には常設の舞台もなく、地面に直接敷物を引いて報賽していたようです。
神事能桟敷割之図

神事能の発展

二代藩主前田利長公は、慶長9年(1604)関が原の合戦での勝利の報賽として、本殿の修復、拝殿の建立とともに能舞台・楽屋を造営し、ここに神事能が名実共に再興され、前田家保護のもとに運営されるようになりました。
前田家の保護は利長公の時代を頂点として、その後は万治元年(1658)、寛文元年(1661)と能舞台修復の援助が行われましたが、寛文5年(1665)以降は宮腰の湊が大変繁昌しているので、船手から能入用資金を奉加させよということになり、神事能の興行は藩から産土氏子村々へ肩代わりさせられるようになりました。

神事能のこれから

平成21年5月15日に奉納された神事能を以て、慶長9年に利長公が報賽されてより405年、演能回数は400回を迎えました。
これを記念し能舞台等の改修工事を行い、記念すべき400回目の演能は総檜造の舞台で奉納されました。また前日14日には記念式典が開催され、行政関係者、神社関係者、能関係者、周辺神社関係者とともに前田家当主のご臨席を賜りご挨拶を頂戴した。御当主には翌15日の例祭に参列戴いたとともに、400回目の節目となる能をご鑑賞戴きました。
現在神事能の運営は大野湊神社神事能奉賛会を中心に、金沢能楽会、金石宝生会の方々に出演をお願いしています。
また「寺中の神事能」として昭和60年に「金沢市指定文化財 民俗文化財(無形民俗文化財)」に指定され、市内はもとより県内或いは他都道府県より拝観に来られる方で境内は賑わいを見せています。

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